〇〇あるいは〇〇 - 1/3

1.天然あるいは計略

レナでの決戦から、早2ヶ月。
あの決戦で自分たちが成したことでレネギスの住人がどうなったのかが一番の懸念事項となった6人は、疲れ果てた身体を星舟で少し休め問題なく動くその機体にて新世界を見て回った。
その中で、レネギスで見たものと酷似している一帯を見つけ、かの地がダナの一部になった事を知る。
あの都市がそのまま、移転してきていたのだ。
果たしてこれはレナの意思か、ダナの意思か。
全てが終わった今、真相を知る術はないがこの事実は6人にとって好機。
なにせ、もしもの時の受け入れについて頭を悩ませていた問題はひとまず考えなくていいのだ。
しかし、ダナに住まう住人以上に、何が起きたのかわからず混乱のさなかだろうことは想像に容易い。
テュオハリムは友であるアバキールとフィアリエに協力を仰ぎ、いったい何が起こったのか説明に尽力する事に。
レネギスの住人にとっては寝耳に水の事実ばかりで、とてもすべての人が認められるようなものではないだろう。
それでも、既に世界は回り始めている。
「シオン、混ぜるのはもうそのくらいでいいぞ?」
「はっ…」
そして今、シオンはキサラ監修の元、料理を作っていた。
「どうした、考え事か?」
「…ええ。だけど大したことではないの。ごめんなさい、次は何をするのだったかしら」
それというのも、元レネギスの都市では物資の供給がない状態。
都市移転につき、もれなく機械や技術は失われなかったが、これまで知らずヘルガイムキルに生かされていたようなもの。
レナが存在しない今、この地には食料が枯渇していた。
「その生地をあちらで焼いてくれ。トッピングももう準備ができたから、焼けたら盛り付けていくのでな」
「わかったわ」
その為、星舟を使い新鮮な食材をこの地に運び、キサラとシオン、それからテュオハリムの3人は給仕のような真似をしている。
といっても、基本的にはテュオハリムが中心になり、アバキールとフィアリエ他協力的な住人たちと交流を深めるのが目的だ。
なにせテュオハリムは本人の意思に関わらず、唯一発言力の強い元領将。
ことを円滑に進められるのならば、と率先して動いてくれている。
そして、残りの3人。アルフェン、リンウェル、ロウはと言えば、オルブス・カラグリアからガナスハロスまでを走り回っていた。
もちろん<紅の鴉><銀の剣><漆黒の翼>等の協力も仰いで。
6人で軽く話し合ったのち、やはりそれぞれに関係の深い場所で活動するのが効率的だろうと二手に分かれる方向へ。
幸いなことに、レネギスの技術とアバキールの機転によって二組を繋ぐ通信手段が確立されたのだ。
離れていても互いの声が届く小道具のおかげで、連携がとれず行動が滞るなどということもなくここまで過ごせている。
「アルフェンたちはヴィスキントで合流してこちらに向かってくるそうだが、何か必要なものはあるかね」
「ひとまずは大丈夫です。できれば1度にまとめて済ませたいですからね」
「キサラ、まずはこれだけ焼けたわよ」
「ではこちらで盛り付けよう。テュオハリム、あなたも手伝ってください」
この技術を、できれば他の地でも活用できるよう思案している時であり、その為にもできる限り友好な関係を築いていたい。
ダナだから、レナだから、はもうないのだ。
敢えて慣れ合う必要はないのかもしれないが、歩み寄れるのならそれにこしたことはないだろう。


* * * * * *


「………」
おかしい。絶対におかしい。
シオンは、料理を作っていた時から頭の中を巡っている疑問ともつかぬ思いを抱えながら、レネギスの技術を興味深そうに眺めているアルフェンを見るともなしに見ていた。
何がそんなに面白いのか、アバキールの話に夢中になっている。
武器に関心があり、作ることを楽しんでいた彼のこと。
300年前にも触れた技術はあるだろうが、あの頃と今はもう違う。
忙しない毎日でありながら、それでも何事にも囚われず好きなことが出来る。
だからこそ、アルフェンがしたいことを、したいように楽しんでいるのはいいことなのだ。
シオンだって、荊が消えて自由に人と触れ合えるようになり、リンウェルやキサラと抱き合うし、誰かに感謝されたとき手を握られることだってある。
荊が出現しないことにまだ完全に慣れたわけではないが、あれだけとっていた距離を今はもう気にしなくていいのだ。
「シオン、どうしたの?」
「リンウェル…」
そう、気にしなくていいのだ。それだというのに。
「すごく、暗い表情してる。大丈夫?」
「…どうなのかしら」
シオンが心冷える思いでいると、リンウェルが心配そうに声を掛けてきてくれる。
よほどひどい顔をしていたのだろう。
「アルフェンの方を見てたけど…何かあった? アルフェンは特に…おかしなところはなかったと思うけど」
「むしろ、何もないのよ…」
視線の先では、相変わらずアバキールと楽しそうに話している様子のアルフェン。
リンウェルもそちらを一瞥して、首を傾げる。
レネギスで活動しているシオンたちと、各領を巡っているアルフェンたち。
連絡は取りあっても数日顔をあわせないなんて、この2ヶ月では当たり前で。
シオンよりも長い時間アルフェンと行動を共にしているリンウェルが、彼におかしなところはないと言う。
それならば、この状況はなんなのか。
いや、これまでのことを考えれば、今が普通なのかもしれない。
シオンが、考えすぎているのだろうか。
「シオンは何かあってほしいの?」
「え?」
「うーん、うまく言えないけど、シオンに希望があるなら、直接言った方がいいよ! アルフェンだったら、シオンのお願い、絶対聞いてくれるもん!」
何もない、というのは、確かに何かあって欲しいということの裏返しで。
シオンは虚を突かれたような思いでリンウェルを見つめ、彼女の笑顔に励まされた。
確かに、一人で考えていても答えは出ない。
「ありがとう。そうしてみるわ」
シオンは冷えた心が少し温まるのを感じながら、リンウェルに笑顔を向けた。
だが、直接言う、となると。
なんとも憚られるものではないか。
「うん! あ、私、あっち手伝ってくるね。シオン、ファイトだよ!」
「ええ」
シオンの笑顔を見て安心したのか、駆け足にキサラの手伝いへと向かうリンウェルを見送って。
「…アルフェンに、直接…どうして触れてくれないの、って…言うの?」
退屈したロウに話しかけられたのか、アバキールとの会話を切り上げたらしいアルフェンの。
横顔を眺めながら、誰に聞かせるわけでもない独り言を呟いた。


* * * * * *


ひとまずレネギスで行うべき活動を終わらせた一同は、一度エリデ・メナンシアの首府ヴィスキントへと戻り。
テュオハリムに割り振られたアウテリーナ宮殿内での各自の部屋でそれぞれ身体を休めるという話になった。
特に異論が出る事もなく、既に空も暗くなっていたことから全員直ぐに部屋へと入っていくのを見送って。
シオンも一度部屋に戻り、部屋着として使用しているワンピースに着替えてから心を決め、アルフェンの部屋へと向かう事にした。
このまま燻っていたらどんどんと悪い方向に考えてしまい、また心を閉ざしてしまいそう。
もう荊はないのだし、以前のようなことにはならないだろうがあの時とはなにもかもが違うのだ。
臆していたって仕方がないし、ガラではない。
「アルフェン、今、いいかしら?」
一度深呼吸をして、直ぐ側に割り振られているアルフェンの部屋の前へと足を進めて。
コンコン、と控えめに扉を叩き、中の人に呼び掛ける。
「シオン、どうしたんだ?」
「ちょっと、話をしたくて…入ってもいいかしら?」
「もちろん」
するとすぐに扉が開き、こちらも軽装に身を包んだアルフェンがシオンを迎えてくれた。
アルフェンも疲れているだろうし、迷惑かもしれないと思いながら上目遣いに問いかけた彼女に、しかし。
彼は笑みを浮かべ、シオンを迎え入れてくれる。
「ありがとう」
アルフェンの笑顔と優しい眼差しは、シオンを安心させてくれるだけの愛情に満ちているから。
自分が感じている違和感は気のせいなのかもしれないと思ってしまう。
「レネギスで様子がおかしい気がしたんだが、リンウェルと話して解決したように見えたけど…」
「…気にしてくれていたの?」
アルフェンに促されるままベッドへ座ると、当然のように彼も隣に座ってくれる。
しかも、アバキールと話していてこちらのことなど気付いていないと思っていたのに、気にしてくれていたと言う。
「当たり前だろ。ただ、俺には話辛い事もあるかと遠慮したんだ。現にリンウェルが元気づけてくれたんだろ?」
「…そう…そう、ね」
確かに、アルフェンには直接聞き辛い事ではあった。
リンウェルが気にしてくれたことで、背中を押されたのも事実。
なんだ、アルフェンはきちんと、シオンを見てくれているのか。
「…私、不安になっていたみたい」
「不安?」
「荊が消えて、何を気にすることもなく人と触れ合えるようになって…それが嬉しいのは本当なのに、あなたとの距離が…遠くなってしまった気がしたの」
荊があった頃は、触れ合えなくても彼の心を感じられた。
荊があっても関係なく、アルフェンはシオンの事を抱きしめ、その手をとってくれた。
荊が消えたあの瞬間には、シオンの意思を読み取り、口付けてくれた。
だから、自分でも知らぬうちに、欲張りになっていたのかもしれない。
アルフェンは、荊があった頃と決して変わらぬ眼差しをシオンに向けてくれているのだから。
「私、あなたの気持ちを勝手に疑ったんだわ。もう何も気兼ねしなくていいのに、全然触れてくれないのには何か思うところがあるんじゃないかって」
そう思ったら、なんだか気が楽になって。
どう伝えようか悩んでいた言葉は、するりと口をついてアルフェンへと届く。
彼の気持ちを疑うなんて、失礼にもほどがある。
「…触れて欲しかったのか」
「…そうよ。悪い?」
こんなことをシオンが考えているなんて思いもしなかったのだろう。
どこか不思議そうにシオンを見つめるアルフェンに、バツが悪くなる。
「悪いわけないだろ。シオンがそう思ってくれていたのは嬉しいからな」
「…そう」
そのために、ついつっけんどんな物言いになってしまったが、アルフェンは気にするそぶりもなく嬉しいと言う。
ああ、こんなにも甘やかされているのに。
本当に、不安になるなど、馬鹿げている。
「でも、そうか…うまく伝わっていなかったのか」
「えっ…」
シオンがアルフェンの想いをきちんと実感し、喜びに口元を綻ばせていれば。
アルフェンはシオンとの距離を詰め、その身体を優しくベッドに押し倒し、彼女へと覆いかぶさった。
「それなら、きちんと伝わるようにしないとダメだよな」
「あ、アルフェン?」
眼差しは優しくて、口元は笑みを浮かべているのに。
その瞳の奥にはシオンの知らない熱が宿っているようで、逃げ出したくなる。
「俺がどれだけシオンを想ってるか、わかってもらわないと」
「だ、大丈夫よ、もうわかったから」
「いーや、全然足りてない。疑われるくらいなら、しっかり知っておいてもらわないと。な?」
シオンをゆるく拘束する指先は優しくて、振りほどこうと思えば簡単にほどけそうなのに。
アルフェンの指先が思いのほか熱く、その声音が甘いから。
抵抗なんて、できない。
「ある、ふぇん…」
「シオンが嫌がることはしないから、安心してくれ」
「んぅっ」
確かに、触れて欲しいと望んだのはシオンで。
アルフェンからもたらされるもので、嫌なことなんてあるはずがない。
しかし、こんなのは想定外だ。
こんなに熱くて、甘くて、身体がいうことをきかないなんて。
「かわいいよ、シオン」
一度、唇を触れ合わせてから。
耳元で吐息交じりに囁くアルフェンに。
シオンは身体を震わせ、このまま溶かされてしまってもいいのかもしれないと。
彼が与えてくれる熱を甘受するように、ゆっくりと瞼を閉じたのだった。

END