花のかんばせ
どうしてこうなるのかしら。
シオンは一人、エリデ・メナンシアの首府であるヴィスキント、アウテリーナ宮殿前の噴水広場で苛立ちを募らせていた。
ことの発端は、シオンがアルフェンに、待ち合わせデートをしてみたい、と言った事に始まる。
双世界とシオンの命運を掛けた戦いが終わり、彼女を蝕んでいた<荊>は消えた。
アルフェンとシオンは想いを交わし、世界の様々な問題を抱えながらも一緒に暮らし始めて。
何をするにも一緒にいることが多かった二人に、カガリが言ったのだ。
“待ち合わせをしてのデートもいいものよ”と。
経験者は語る、といったところだろうか。
確かに、リンウェルやキサラに会うときは待ち合わせ場所を決めていた。
だが、基本的に同じ家から出て、同じ家に帰ってくる二人には。
待ち合わせて出かける、という発想がそもそもなかったのだ。
アルフェンがシオンのお願いを断ることもなく、それなら比較的安全なヴィスキントで、と話がまとまって。
折角なら、アルフェンの為に服を新調したいと考えたシオンは、彼とのデートを約束した日より前にキサラとリンウェルに付き合ってもらって新しい服を購入し、キサラに預かってもらうことに。
前日には待ち合わせにふさわしいから、とキサラのところに泊めてもらう事にして、アルフェンの反応を楽しみにしながら今日という日を迎えていた。
それなのに。
「ね、少しだけでいいから! 君みたいな可愛い子とお話したいなって」
わくわくしながら、ついつい気が急いて早く来すぎてしまったのがいけないのか。
良く知りもしない男に声を掛けられていた。
「私、人を待っているの」
アルフェンや、仲間たち以外から可愛いと言われたところで、心は動かないし、早くどこかに行って欲しい。
「それって女の子? だったら俺の友だちもいるから一緒にーー」
シオンは不機嫌な様子を隠していないというのに、引き下がるどころか勝手な予測を立てて話を続ける。
しかも、その手が不躾にシオンへと伸ばされようとしていた。
こんな輩は排除していいかしら、シオンはそんな物騒なことを考え、愛銃を取り出そうとすれば。
「俺の連れに、なにか?」
「!?」
伸ばされかけた手を、がしっと効果音がつきそうな強さで掴み、距離を取ってシオンを守るように背に隠す、彼女の待ち人の姿。
見上げた先、シオンから見えるのは彼の横顔だったが、一見穏やかに見えなくもないながら瞳が胡乱気に歪んでいる。
呆然と、かっこいい、なんてこの場にふさわしくない感想を抱いて。
「いったた…え、あ、すみませんでした! なんでもありません!!」
「…まだああいうのがいるのか…」
すっかり存在を忘れていた男の、悲痛な叫びで一瞬意識をそちらに向ければ。
どうやらギリギリと捩じ上げられていたらしい腕を押さえて、必死に謝り離してもらった途端に走り出していた。
「すまない、俺の方が遅かったみたいだな」
「いいえ、私が早すぎたのよ」
アルフェンは胡乱気だった瞳に、呆れを滲ませて。
しかし、既に逃げ去った男に興味は無いのだろう。
シオンに向けられる頃には柔らかく、優しい眼差しに変わっている。
この、自分にだけ向けられる愛情のこもった瞳が好きだ。
「…その服、初めて見た。シオンによく似合ってる。すごく、綺麗だ」
「…何言っているのよ…」
シオンがついつい、アルフェンの瞳に見惚れていれば。
彼女の全身へと目を向けた彼の、嘘偽りない感想を浴びせられて。
恥ずかしげもなく、むしろ誇らしげに言ってのけるアルフェンに、シオンの顔は急速に熱くなる。
アルフェンのために新調した服なのだから褒められるのはとても嬉しいが、こうもストレートに伝えられると照れてしまう。
「俺のためだって自惚れていいか?」
「…あなたのために決まっているじゃない…」
「今すぐ抱きしめたいな」
「だ、だめよ、人目があるもの…これで、我慢して」
シオンの反応に嬉しそうな笑みを浮かべるアルフェンの、耳元で囁くように尋ねてくる言葉に。
くすぐったく思いながら、シオンが素直に答えれば。
真顔で抱きしめたい、なんて口にする。
ついつい忘れそうになるが、ここは人通りも多い往来だ。
なかには二人を知っている人たちもいるだろう。
ただでさえ開けている場所なのだし、誰かに見られて噂の的になってはかなわない。
だからシオンは、妥協案だと言うようにアルフェンの腕に抱き着いた。
手を繋いで歩くのも好きだが、こちらの方が密着できて嬉しかったりもする。
「今日は随分、積極的だな」
「待ち合わせデートなんて初めてなのよ? 出鼻を挫かれそうになったけれど、あなたがかっこよかったから…今、とても楽しいの」
「…シオン、それはダメだ」
シオンのしたいように、腕を預けてくれるアルフェンの。
幸福そうな表情に、シオンも彼を見上げて満面の笑みを浮かべる。
花咲かんばかりの、綺麗で、美しい笑顔。
アルフェンに、その顔がどう見えるかなんてわかっていないシオンが。
彼の言葉に瞳を丸くし言葉の意味を考えようとしていれば、その隙を狙うようにして唇同士が触れ合った。
「!?」
「行こうか」
こんな往来で。
我慢してと言ったのに。
抱きしめるより、注目を浴びるではないか。
シオンの頭の中にはいくつもの文句が浮かび上がるのだが、アルフェンが楽しそうに笑っているものだから。
結局何も言えず、悔しい思いに駆られながら真っ赤になった顔を彼の腕へと埋めて。
アルフェンに先導されるまま、目的地に向かうため歩き出すのだった。
