〇〇あるいは〇〇 - 2/3

2.過失あるいは故意

「~~~アルフェンの分からず屋!!!」
「あ、おい、シオン!」
今になって思えば些細なことだった。
喧嘩とも呼べない、一方的な癇癪。
それが、まさかあんな事になるなんて。


「…それで、ここまで駆け抜けてきたのか…」
「ええ、つい」
双世界が一つになるきっかけになったあの決戦から、早1年。
レネギスはダナの一部になり、まだレナ人とダナ人の溝は埋めきれない最中でありつつも。
歩み寄る姿勢は見せており、それぞれがそれぞれにお互いの文化を取り入れている。
今更”レネギス”の名を変えることもないだろうと、かの地はそのままレネギスと呼ばれ。
技術に興味がある者はレネギスに移住し、自然の中でスローライフを送りたい者はヴィスキントへ移住するなど、本当の意味での自由がそこにはあった。
ただし、世界が広くなったとはいえ、移動手段に乏しいこの地では。
今や一台残っただけの星舟(ファルナイツ号)がレネギスへと最速で向かえる交通手段。
しかしそれを起動できるのはレナ人だけのため、テュオハリム、シオン、アバキール、フィアリエの4人が主となり移動の手助けをしている。
勿論、まだ平和と言えない時世に自動操縦とはいえ一人行動ということもなく、護衛にアルフェンやロウ、キサラといった面々も状況に応じて乗り合わせて。
「まぁ、言い分はわからなくもないがな」
「そうかしら。別にフィアリエと二人で出かけるくらい、問題ないと思うのだけど」
ことの発端は、シオンが初めてできた同郷の友人、フィアリエと二人で出かけたいと言ったことにはじまる。
洋服にこだわりのあるシオンは、協力関係を築くうちに生まれが同じレネギスであるフィアリエと意気投合し、リンウェルやキサラとでは共有出来なかったレナの意匠について話を弾ませて。
急速に仲良くなった彼女と、この1年の間に出来上がったレナとダナ、それぞれの良さを取り入れた小さな憩いの場に遊びに行こうと約束していたのだ。
まだ実際に行くことはできていないが、洋服やアクセサリーが豊富だと言われている。
話だけ聞いたことがあるのは、鉱石などの素材収集依頼を受けていたからに他ならない。
「はぐれズーグルの目撃情報もだいぶ減ってはいるからな。だが、危ないのはズーグルだけではないだろう」
「…アルフェンにも言われたわ。行った事のない場所に女性が二人だけで出かけるには、まだ危ないんじゃないかって」
アルフェンが心配していることは、シオンにも理解できた。
自由をはき違え、横暴なふるまいをしだす輩が出てきているのも事実であり、それを諫める役割もアルフェンたちが担っている部分があるのだから。
それでもシオンは、女子だけでの買い物というものを経験してみたかった。
「私だって戦えるもの…フィアリエ一人くらい、守れるわよ」
「少し頭を冷やせ。今アルフェンが追いかけてこないところを見ると、ここにいると目処を立てているのだろう」
シオンの言い分を、キサラは否定も肯定もしないでただ優しく、頭を撫でてくれるから。
一つ頷くに留めて、握りしめていた鍵を見つめる。
それは数ヶ月前からアルフェンと一緒に住み始めた家の鍵であり、突発的に家を出る際にもしっかりと持ち出していた。
「全く、武器を取り出せるからと無茶をするものではないぞ。泊っていくのなら、私の服を使うといい」
「ええ、ありがとう」
飛び出してきた手前、直ぐに帰ることは躊躇われたから。
キサラの言葉に甘え、彼女の部屋に泊まらせてもらう事にするのだった。


* * * * * *


「…ただいま…」
翌日、十分に落ち着いたシオンは気まずい思いで家の扉を開いていた。
流石に、アルフェンの心配を無碍にするような行動はよくなかったなと反省したのである。
「…アルフェン?」
そしてキサラに見送られながら、ここまで帰ってきたのだが。
家の中に人の気配はなく、シオンは鍵置き場へと視線を巡らせた。
そこにアルフェンが使用している鍵がないことを確かめて、どこかに出かけているのだと悟る。
何か、予定があっただろうか。
「そのうち帰ってくるわよ…ね?」
二人で食事をする食卓に書き置きのようなものも見当たらないところを見ると、少し家を空けているだけだろうと。
シオンは少しばかり落胆しながら、着替えるために自身の部屋へと向かった。

しかし、それから2日経てどアルフェンが帰ってくることはなかった。


* * * * * *


「き、キサラ…ど、どう、どうし」
『し、シオン? お前、泣いているのか?』
「あ、あるふぇんが…あるふぇんが、帰ってこないのぉっ」
『ちょ、ちょっと待っていろ今そちらへ向かうから!』
帰宅したその日は、もしかしたら用事が長引いたのかもしれないと少しの物足りなさを感じながら眠りについた。
翌日もまだ帰ってこないアルフェンに、彼は人気者だからどこかで引き留められているのだろうと不安になりそうな気持を落ち着かせた。
しかし、その翌日になっても。
何の連絡も入ることがなく、シオンは不安を芽生えさせてアルフェンの部屋へ。
すると、そこにはアバキールが自分たちのために作ってくれた通信機が置きっぱなしになっていて。
連絡が来ないのも当然ではないかと、シオンはその場に崩れ落ち、流れ出す涙をそのままに通信機を起動してキサラへと連絡をとっていた。


「シオン、大丈夫か!?」
それからどれだけ経ったのか、扉が叩かれる音にシオンは止まらぬ涙を拭いながらなんとか鍵を開いて。
勢いよく家へと入ってきたキサラに縋りついた。
「よ、よく見たら、っ、いくつか、荷物もないの…ど、どうしよう」
「シオン、シオン泣かないでぇ…ぜったい、ぜったい大丈夫だから!」
「り、リンウェル…」
「事情を話したら心配だからと一緒にきたんだ。ほら、ゆっくり息を吐いて」
そのまま崩れ落ちてしまえば、キサラも合わせるように床へと膝をついて。
嗚咽からうまく話せないでいるシオンを支えてくれる横で、小さな影が背を撫でてくれる。
てっきりキサラだけが来たのだと思っていたが、リンウェルも心配してきてくれたという事実に。
嬉しさと、心配させてしまっている申し訳なさに、シオンは余計に泣くことを止められない。
「わ、わたしに愛想をつかして、っ、出てったんじゃないかって、わたし、わたし」
「いや、流石にアルフェンはそんな不誠実な男ではないだろう。それはシオンが一番わかっているはずだ、な?」
「そうだよ!アルフェンに限ってそんな…そんなことあったら私何するかわからないよ!!」
そして、勢いのままに思うところを口にすれば、キサラはすぐに否定して。
リンウェルはそんなはずはないと言い切りながらも、物騒なことを口にした。
「…これは一体どういう状況だ…?」
「「「!?」」」
扉をろくに閉めず、そんなやり取りをしていると。
3人以外の声がして、しかもそれは今の話題の中心人物。
驚きから全員が一斉にそちらを向くのに、視線を向けられた彼、アルフェンは一歩後ずさる。
「ええっと…ただいま…」
「~~~」
「う、お…っと……あー…俺のせいかこれ」
驚き直ぐに二の句が継げないなか、シオンが一足先に立ち上がって。
体当たりする勢いでアルフェンへと抱き着いた。
アルフェンはぎゅうぎゅうと音がしそうなくらいに縋りつくシオンの、腰と膝裏に手を添え横抱きにすると。
呆然としているキサラとリンウェルに問いかける。
「そうだが…ところで、今までどこに?」
「<紅の鴉>の要請でカラグリアまで行ってたんだ。シオンはまだ帰らないと思ていたから…」
「せめて書き置きくらいは残しておかなきゃダメだよ! あと、通信機は持ち歩かないと意味ないんだからね!」
「はい…」
二人の呆れたような視線に苦笑して、言われた言葉に素直に頷くアルフェン。
数日家を空けるだけでこんな大事になるなんて、考えもしなかった。


* * * * * *


「まさか、俺に愛想をつかされる、なんて考えるとは…」
月明りが照らす、ベッドの上。
眠るシオンの泣き腫らして赤くなった目尻を撫でながら、キサラとリンウェルが帰ったあとの事を思い出す。

シオンは心配してくれた二人の声に反応しながらも、アルフェンの肩口から顔を上げることはなく見送って。
二人だけになった家で、アルフェンは悩みながらも寝室へと向かいベッドに腰かけ、シオンを膝に乗せると背に腕を回し落ち着かせるように撫でながら心配させたことを詫びた。
しかしシオンはそうじゃないと首を振り、愛想をつかされアルフェンが出ていったのだと思ったと言うのだ。
シオンの傍こそがアルフェンの帰る場所だというのに、一体どこに行くというのだろう。
確かにタイミングが悪かったとは思うが、1年経ってもまだ不安になることがあるのかと。
アルフェンは顔を見せるのを嫌がるシオンを宥め、彼女の美しい薄青から零れる涙を舐めとった。
しょっぱいそれは、しかし。
自分を想ってのものだと知っているから、シオンには悪いが嬉しくなってしまう。
彼女は彼女で、舐められるなんて思わなかったのか。
その顔を別の意味で赤く染め、そんなことをするくらいならキスして欲しい、なんてかすれた声で言うものだから。
望まれるまま唇を啄み、招き入れるように開いた口内へ舌を忍ばせて。
もっとと言わんばかりに自ら舌を絡めてくるシオンに応えた。
そして、そのまま――――

今思い出さなくていいことまで思い出し、また熱が上りそうなのを頭を振ってやり過ごす。
シオンに離れたくないと言われて加減が出来るはずもなく、言葉通り抱きつぶした自覚がある。
それを彼女も嬉しそうに受け入れるものだからたちが悪いが、きっと無自覚なのだろう。
「可愛すぎるのも考えものだな…」
温もりを求めるようにアルフェンへと擦り寄るシオンの。
剝き出しの肩を抱き寄せ、二人を包むように布団をかぶる。
きっとシオンは動けないだろうから、彼女の好きなものを作って行儀が悪いと言われるかもしれないがベッドで朝食を摂ろう。
特に予定もなかったはずだから存分にシオンを甘やかして、彼女が希望していたフィアリエとの買い物についても妥協案を考えるか。

アルフェンは、いまだに愛情の大きさを汲み取ってくれていない彼女を想いながら、愛しい温もりを抱きしめ眠りにつくのだった。

END