3.誤解あるいは欣快
シオンが何かおかしいと思い始めたのは、この1ヶ月の間のこと。
双世界が一つになってからは、1年半が経とうとしている頃。
全然、気にするようなことではないのかもしれない。
しかし、一度気になってしまえば気にしないようにすることが難しくて。
今日も今日とて、シオンはアルフェンの動向を目で追っていた。
「…やっぱり、そうか…」
「あくまで私個人の見解だけれどね」
今、アルフェンとシオンはレネギスに来ている。
ファルナイツ号の操縦持ち回りがシオンであり、アルフェンが護衛として同行しているのだ。
現在は本日の往復が終わり、レネギスで休んでいるところであり、アルフェンは手伝いに来てくれたフィアリエと何事かを話している。
最近、こういうことが増えた。
今はレネギスに来ているので話し相手がフィアリエだが、これがガナスハロスだと相手がティルザに代わる。
ティスビムではカガリとも何事か話していた。
これはシオンとアルフェンが別行動をしていた時にリンウェルが見かけたよ、と話してくれたことだが、ヴィスキントのアウテリーナ宮殿・図書の間ではツグリナと話していた、とも。
色々と協力関係に当たる人物たちであり、別段話していたからといって不思議はない。
そう、不思議はないはず。
しかし、それはこの行動を起こしているのがアルフェンでなければ、だ。
確かに、何か伝達事項や頼みごとがあるのなら頷ける。
ダナとレナ、もうそんな境界が曖昧になった今日日、そうそう問題はおこらないが、必要な共有要項はあるだろう。
「シオン、飲み物を持ってきたけどいるかい?」
「…ありがとう…」
色々と、自分を納得させるだけの材料を出しながらも、面白くない。
ただただ、面白くないのだ。
「…別に深い意味はないと思うよ」
「…わかっているわ」
それが顔に出ていたのだろう。
飲み物を持ってきてくれたアバキールにフォローされる。
今更、アルフェンが浮気しているとか、疑うつもりはない。
既に2度、いらぬ心配でアルフェンに申し訳ないことをしたと思っているのだ。
しかし、疑うつもりがないことと、もやもやするこの気持ちは別物だと思う。
シオンは昇華できない気持ちを抱えながら、フィアリエと話しているアルフェンを眺め続けた。
* * * * * *
「シオン、明日はデートしないか?」
「え?」
ファルナイツ号の持ち回りは1人につき1週間。
これまではひと月を4人で回していたが、星舟を自動運転だとしても操縦してみたいというレナ人は現れるもので。
合わせて、ヴィスキントの傭兵たちも護衛を任せて欲しいと言うものだから。
この持ち回りも見直しつつある。
そして、シオンの持ち回りが終わるタイミング。
もやもやした気持ちを抱えていたシオンにとっては朗報となる、デートのお誘い。
「もしかして、疲れているか? それなら別の日でも…」
「いいえ、大丈夫。問題ないわ。それで、どこに行くの?」
完全に想定外な話題に、すぐに返事が出来ないでいると。
シオンの身体を心配して引き下がるアルフェンに、大きく頭を振った。
「前にシオンがフィアリエと一緒に行った…ええと、」
「メランジュね」
レナとダナの文化や装飾を混合させたアミューズメント都市。
“混合”の意味がある“メランジュ”と名付けられた、憩いの場である。
「そうそう。実は、明日のファルナイツ号乗り合わせの予約は入れておいたんだ」
「そうなのね。あなたとあの場所を歩くのは初めてよね。楽しみだわ」
フィアリエと出かけたときは、アルフェンが出した妥協案、二人の邪魔はしないから俺もついてく、というもので。
それは結局気になるのでは、と思ったのだが、フィアリエとの買い物が楽しくて特に気にならなかった。
アルフェンはアルフェンで、付き合おうか、とついてきてくれたアバキールと何やら楽しそうにしていたというのも理由の一つだが。
「ああ、シオンの好きなもの、俺にも教えてくれ」
「ええ!」
* * * * * * *
これはどういう状況なのかしら。
アルフェンと二人、メランジュへと降り立ちショッピングを楽しんで、食事もして。
それは有意義な時間を過ごしたシオンだったが、とあるアクセサリー屋へと足を伸ばしたところ。
シオンがその造りに見惚れているちょっとの間で、アルフェンが店員と思しき女性と談笑していたのだ。
アルフェンそっちのけでアクセサリーに魅入っていた自覚はある。
他にお客も見当たらないから、きっと店員がアルフェンの相手をしてくれたのだろう。
しかし、随分と距離が近くないだろうか。
「それはとても素敵だと思います!」
「だといいんだが……シオン、何か良い物は見つかったか?」
「え…あ、どれも素敵で選べないから…今日はいいかしら」
「またのお越しをお待ちしております」
そんなシオンの視線に気付いたのか、店員と話していたアルフェンがこちらに目を向ける。
素敵なデザインばかりなのは事実だが、どれかを買う気持ちにはならなくて。
アルフェンの手を取ると、店員の声を背に受けながらお店を出る。
「シオン?」
「…こんなこと、言いたくないのだけれど…」
「うん?」
そのままずんずんと、人通りの少ない方へと歩いていくシオンに。
アルフェンは特に何を言うでもなく着いてきてくれ、ある程度のところで立ち止まれば。
不思議そうに声を掛けてくるのに、振り返る。
「あまり…その、ほかの女の人と話さないで…」
「え」
「面白くないの…いや、なの」
こんなこと言ったら、困らせるとわかっているのに。
どうにも我慢ならなくて、遂に口に出してしまった。
呆れられるだろうか、めんどくさい女だと思われるだろうか。
「シオンがそんな風に思うなんて考えてなかった。すまない」
シオンは言葉にしてしまったことを悔やむように俯くが、アルフェンの声には呆れや迷惑そうな色は一切なくて。
慈しむ響きだけが乗っていて、思わず顔を上げれば。
口では謝っているのに、その顔には嬉しそうな笑顔。
「アルフェン…?」
「ヤキモチってことだろ。嬉しいよ」
「!」
何がそんなに嬉しいのかとシオンが訝しめば、“ヤキモチ”との言葉。
そうか、これが。ヤキモチ、なのか。
「嬉しい…の?」
「それだけ、シオンが俺を想ってくれてるってことだろ?」
「~~~~」
言われてみれば、そういうことではないか。
指摘されるとなんとも居た堪れなくて、逃げ出したくなる。
「俺は、シオンしか見てないよ」
それなのに、アルフェンがシオンをその腕の中に閉じ込めるものだから。
逃げられないのだと、内心で言い訳して。
人通りが少ないからと、シオンからも彼の背に腕を回す。
心地よい温もりから、離れられるはずがないのだ。
* * * * * * *
「シオン、聞いてほしいことがあるんだが、今いいか?」
「…改まって、どうしたの?」
シオンがメランジュでヤキモチを認めた日から、早1週間。
アルフェンの行動にモヤモヤすることもなくなり、すっかりと元通りの日常を過ごしているなか。
テュオハリムに呼ばれて一人ヴィスキントまで出向いていたアルフェンを出迎えれば。
どこか楽しそうな彼の姿に首を傾げる。
「本当だったら、もう少し演出とかあった方がいいんだろうが…俺らしくないと思うから」
「一体、なに…」
「これを、受け取ってくれないか?」
「え…」
よくわからない前置きに、シオンは彼が何を言いたいのかと問いかけようとすれば。
アルフェンが荷物から何かを取り出し、シオンへと差し出す。
透明なケースに入れられた、それは。
おおよそ、アルフェンとは結び付かないもので。
「ダナにも、レナにも、こういった風習はないみたいで、俺もピンとこなかったんだけど…シオンとなら、こういうこともしてみたいと思って」
「え、え…?」
「シオン、俺と、家族になろう」
「!」
「遠い昔話らしいけど、結婚の申し込みの際に、男性側からこれを贈る風習があったらしいんだ。つけて、くれるか?」
何でもない、日常の一コマに過ぎない今日日に。
思いがけずの、アルフェンからの申し入れ。
考えていなかったと言ったら嘘になるが、まだ先だと思っていたから。
「もちろんよ…私も、あなたと家族になりたい」
こんなサプライズ、想定外だ。
自然と涙が溢れて、返事はきちんと返したがこれ以上言葉を紡げそうにない。
「よかった」
シオンの返事を聞いたアルフェンが。
左手の薬指に指輪を嵌めてくれるのを、涙で滲む視界の中で眺めながら。
こんなことするなんて、柄じゃないでしょう、と内心で悪態をつくけれど。
アルフェンが、幸せそうに笑っているのがわかるから。
これはしばらく、涙が止まりそうにないな、と。
アルフェンのせいなのだから付き合ってもらうまでだと、シオンは彼の胸へ顔を埋めるのだった。
* * * * * * *
「それじゃあ、あの頃、アルフェンがよく彼女たちと話していたのは…」
「ああ、昔話についてや、指輪について、聞いていただけだな」
指輪を贈られたその日、なかなか泣き止めないシオンをずっと抱きしめていてくれたアルフェン。
落ち着く頃には夜が近く、泣きつかれて眠ってしまったシオンだった。
そして翌日、よくよく話を聞いてみれば。
ツグリナに昔話を教えてもらい、せっかくならシオンに贈りたいと思ったアルフェンが。
カガリやフィアリエ、ティルザと知り合いの女性にどういうものがいいかのアドバイスを受けようと思ったのだと。
しかし、彼女たちは口を揃えてシオンの好みを直接リサーチした方がいいのではないか、と言うので、先日のデートへと繋がったわけだ。
シオンからしたら、それは好みもあるが、アルフェンが選んでくれたものならば。
喜んで受け取るというものだ。
「それで、これなのね」
「流石に自分で作るには至らなくて、昨日出来上がってきたんだ」
一体、いつ頼みに行く時間があったのだろう。
メランジュでは大した収穫があったとは思えない。
何せ最初の方は服ばかり見ていて、アクセサリーを見回る頃にはシオンがヤキモチをやいたことでほとんどアルフェンに好みなど伝えられていないのだから。
「シンプルだけど、これ、可愛いわ」
シルバーで細身の指輪。
その中心には、花を象ったダイヤが埋め込まれている。
「ピンクダイヤモンド、って言うらしいな」
「ねぇ、アルフェン。あなた、この宝石言葉は知っているのかしら」
「…宝石言葉?」
透明ではなく、薄桃に色付く宝石の。
意味を知っているのだろうかと気になって、聞いてみれば。
とぼけているわけではなく、本当にわかっていない様子のアルフェン。
「俺はただ、シオンの色だなって思っただけだよ」
「…そう…」
特に意味など気にせず、あえてこれを選んだのはシオンの色だからと言ってのける様に。
なんともくすぐったい思いで、まだ着け慣れぬ指輪を眺める。
「それで、宝石言葉は教えてくれないのか?」
そんなシオンの、腰を抱いて自らの元へと引き寄せるアルフェンに。
「…私たちのこと、かしら」
「…なるほど」
意味をそのまま口にするのは、なんだか憚られて。
濁す様に、けれどきちんと意味が伝わるように。
選んだ言葉に、アルフェンは的を得たように頷き、笑う。
別に何を言ったわけでもないのだが、その反応はなんだか照れくさくて。
自分で言っておきながら、落ち着かない。
「シオン、これからもよろしくな」
「…こちらこそ」
けれど、シオンの言葉に嘘はないから。
隣で、幸せそうに笑っているアルフェンに。
シオンも笑みを返し、そっと唇を触れ合わせた。
END
