灰青の花 - 2/9

灰青に揺らめく炎


ヴィスキントにおいて、ある意味名物となっている光景がある。
名物、といってしまうと語弊があるかもしれないが、他になんと表現すべきか悩ましい。
「こちらの方がいいかしら…それとも、こっち?」
「こっちの方が熟してそうじゃないか?」
月に2、3度。多い時にはもう少し頻繁にヴィスキントへと買い物に訪れる男女。
知っている者は知っている、[ ダナの英雄 ]と[ レナの慈愛の女神 ]である。
エリデ・メナンシアの首府、ヴィスキントよりほど近いティータル平原に住居を構えるこの二人。
ヴィスキントを統べた元領将の仲間であり、どちらかだけがこの街を訪れることも勿論あるが。
たいていこうして、二人一緒にいるのだ。
かつては炎の剣と呼ばれたダナの英雄は、慈愛の女神の隣で穏やかな笑みを浮かべている。
一見、温厚で優しい青年に見える彼。
しかし、ヴィスキントで警備をしている兵士たちは彼が見た目通りの人物でないことをもうよく知っていた。
何せ、慈愛の女神を見ている男が居ると気づくや否や、さり気ない動作で彼女の腰を抱きまるで見せつけるようにして何事かを囁いて見せる。
だが、これはまだいいほうだ。リア充爆発しろと思う程度で平和である。
見ていた男も諦めるだろう。
実害はないが恐ろしかったのは、つい慈愛の女神に目を奪われてしまったところ、殺気を感じたという声の多さ。
そのうちのほとんどが装甲兵であり、共に話でもしていないとその視線がどこにあるのかわかりづらいにも関わらず、的確に射殺さんばかりの視線を向けられたというのだ。
最初はそんな馬鹿なと思っていたが、“間違いなく炎の剣と目が合った”と話す者が増えていけば事実なのだろうと認めざるをえなかった。
双世界が一つになり、メナンシア近郊でレナ人の受け入れを行ったことで体制の見直しが施され、警備の入れ替えが起きたこともこの出来事の一因だろう。
なにせヴィスキントに古くから住まう者なら知っているはずのあの二人の関係を知らぬ者、または慈愛の女神を初めて見る者も居たのだと思う。
そして、実害もとい自業自得な案件でいえば、最近他領からの移住者の受け入れも行っていることで起きた事件といえるが、あろうことか慈愛の女神が炎の剣と共に居ない時に彼女に声を掛けた命知らずが居たこと。
ただこの時、慈愛の女神の両隣にはヴィスキントを代表する我らがキサラ隊長と、かつては彼女たちと共に旅をしていたダナフクロウを連れた少女が控えていて。
当然と言えば当然だが、声を掛けた男達は取り付く島もなく撃退されていた。
だが恐ろしいのはこの後日談で“たまたま偶然”その男達が行きつけにしている酒場に炎の剣が現れ、彼等と酒を飲み交わしえげつない潰し方をした、という話。
その現場を見た者たちは一様にしてこう語った。
“笑顔のはずなのに、その目はちっとも笑っていなかった”と。
今日日きょうび、平和に過ごしたいのなら触れてはいけない。
そういう意味で、名物なのだ。

「ね、少しだけでいいから! 君みたいな可愛い子とお話したいなって」
そう、名物なはずなのに。
何故また、こういう場面に出くわすのか。
ヴィスキントにそびえる、アウテリーナ宮殿前の噴水広場。
この場は誰でも立ち入ることが出来るが、宮殿に近いため警備をしている者は居る。
だから必然的に見えてしまったし、聞こえてしまった。
「私、人を待っているの」
慈愛の女神が、きっと最近移住してきたのであろう者に声を掛けられている場面を。
この場合、助けに入った方がいいのだろうかと、そう考えたが。
「それって女の子? だったら俺の友だちもいるから一緒にーー」
ああ、終わったな、と。
既に彼女へと近づく、待ち人が。
それはそれは炎の剣の名に似合にあわしい顔をして迫っていた。
「俺の連れに、なにか?」

触らぬ神に、祟りなし。
今見た光景も、聞こえる悲痛な叫びも、気のせいだ。

ああ、本日も、ヴィスキントは平和である。