灰青の花 - 6/9

花は優しく囚われる


「恋人・夫婦に大人気! チョコテックはいかがですかー!」
「…なぁに、あれ」
エリデ・メナンシアは首府、ヴィスキント。
ハロウィンが終わり、すっかりといつもの街並みに戻って久しい頃。
シオンはリンウェルとキサラと共に、ショッピングを楽しんでいた。
「ああ。今、ヴィスキントで流行っている、お菓子だな」
「魔の食べ物だよ…」
「私、そんなものがあるなんて知らないわ」
ヴィスキントにはよく買い物に訪れているし、お店だってほぼ把握しているはずなのに、初めて聞く名称なものだから首を傾げれば。
キサラとリンウェルは知っているらしく、更に首を捻ってしまう。
「ヴィスキントの名物になってる恋人にあてられた人が作り出したから、その二人が揃っている時は出店してないんだよ」
「そう考えると、タイミングが良かったのかもしれないな」
「…それ、本当にヴィスキントの話?」
二人の訳知りな様子に、シオンは一人仲間外れの心地を味わった。
ヴィスキントにそんな名物があっただろうか。
「…知らぬは本人ばかりだな…」
「フルゥ」
「しょうがないよ…ねぇ、折角だから買っていこうよ!」
シオンが疑問を口にすれば、二人に生暖かい目で見られる。
なんだかフルルまで呆れている様子だ。
ますます訳が分からないと思いながらも、リンウェルがシオンの手を取り屋台を指差すものだから。
どういうことかと聞くのはまた今度でいいかと、手を繋いでそちらへ向かう。
「すみませーん、持ち帰り用で3箱と、食べ歩き用に1箱下さいな」
「800ガルドになりまー…ああ! 慈愛の女神様!」
「え」
リンウェルが慣れた様子で注文するのを、屋台に描かれたお菓子の絵を見ながら聞いていれば。
品物を手に、シオンへと視線を向け大袈裟に驚く店主の女性。
「まぁ、まぁ、慈愛の女神様に来て頂けるなんて! ますます繁盛しそうだわ。これ、おまけにお付けしますね。試作品の、ストロベリーチョコレート味です。是非、炎の剣様と召し上がってください♪」
「あ、ありがとう…」
特に知り合いではなかったはずだが、一方的に知られているなんてことは初めてではない。
好意を無下にするのも気が引けるので、シオンは渡されるままにそれを受け取った。
「こちら、恋人・夫婦同士でのお召し上がり方ならびに遊び方を記載した説明書になりますので、合わせてご確認くださいね」
次いで笑顔で差し出された紙も受け取り、呆然とする。
お菓子に食べ方の作法なんてあるものなのか。
まして、遊び方とは一体。
「アルフェンが居たらこうはいかないよね…」
「居ないからこそ、だろう」
シオンが圧倒されている隣でリンウェルはトレイに800ガルドを置き、自分の分を手に持って。
キサラと目配せをし、何やら通じ合っていて、シオンはますます混乱するのだ。
「それは後で読めばいいと思うよ。それより、ほら。美味しいよ!」
しかしシオンの混乱を解決してくれる気はないようで、リンウェルは食べ歩き用にと買った分をずい、と差し出す。
スティック状のクッキー、その8割ほどにチョコレート化粧が施されている。
なるほど、持って食べられるようにチョコレートが付いていない部分があるのか。
「…確かに、美味しいわね」
ほどよい長さで、食べ歩いても邪魔にならない。
クッキーとチョコレートの割合も絶妙だ。
「ところでリンウェル、その3箱はもしかして自分用なのか」
「言ったでしょ、魔の食べ物だって…古文書の解読をしてると、あっという間になくなるんだよ…!」
確かにこれは、作業しながら食べようものならとどまる所を知らずにすぐ完食してしまいそうだ。
「何事もほどほどが一番だぞ…」
「作業してると糖分が欲しくなるんだもん」
「フルゥ」
キサラの言葉は尤もだが、シオンにとっても耳の痛い話だった。

「よくこんな遊びを思いついたものね…」
リンウェルたちとの買い物を終え家に帰るも、アルフェンはまだ帰宅していない。
本日はロウと一緒にファーリア牧場の手伝いに駆り出されているだけなので、もう帰っていると思ったが忙しかったのだろうか。
どうせ帰り道なのだから覗いて来ればよかったとも思ったが、そういえばチョコテックの食べ方なる説明書を貰っていたことを思い出して。
早々に部屋着へと着替え、ソファーに腰かけ説明書を読み進めてみたのだが。
そこに描かれたなんとも斬新な食べ方もとい遊びに顔が熱くなる。
「アルフェンは知っているのかしら…」
二人で出掛けた時にはチョコテックが販売している現場を目にしていないし、きっと知らないはず。
「これは驚かせるチャンスかもしれないわ」
毎度なんだかんだと翻弄されていることを思い出し、たまにはアルフェンの動揺する顔が見てみたいと。
恥ずかしくはあるが仕掛けてみようと決意し、彼が帰ってくることを待ち遠しく思うのだった。


「アルフェン、これで遊びましょう!」
「それ、チョコテックか」
ひとまずチョコテックが見つからないようお菓子置き場に片付け、帰ってきたアルフェンを出迎えて。
夕食とお風呂を済ませたところでその存在を取り出せば。
想定していた反応が得られず、シオンの方が驚いてしまう。
「何で知っているのよ…」
「今日、見かけたんだよ」
シオンも本日初めて目にしたものであるし、ファーリア牧場の手伝いの折、アルフェンがヴィスキントに寄ってこれを目撃したのだとしてもおかしくはない。
しかし、どうにも違和感があるような。
「それで? 遊ぶってなんだ?」
シオンは釈然としないながらも、先を促されるので今更取りやめるのも、と。
最初の勢いはしぼみ、少々恥ずかしくなりながら。
「向かい合って一本のチョコテックの端をお互いに食べ進めて、先に口を離したほうが負け、っていう遊びよ」
「負けたら何かペナルティがあるのか?」
「え? いいえ…特には書いていなかったけれど…」
説明書に書いてあったことをそのままアルフェンに伝えれば、ペナルティがあるのかと聞かれる。
そんなことは書いていなかったし、シオンは思いつきもしなかった。
「…折角の遊びなら、ペナルティがあった方が盛り上がるだろ」
そもそもの目的がこの遊びなのだから、そこにペナルティをつけるのはどうなのだろうかと思うも。
そういえばアルフェンは刺激的なことが好きだったなと思い出す。
「そうは言うけれど、一体何を?」
「負けた方は勝った方にキスマークをつけられる、っていうのはどうだ?」
「え!?」
ちょっとした遊びのつもりが、なんだかとんでもない方向に話がいっている気がする。
けれど、シオンはこれまで一度もアルフェンにキスマークなどというものをつけたことがないと思い至って。
もしかして悪くない勝負なのでは、と思い始める。
「負けない自信があるから、勝負を仕掛けたんだろ?」
「…いいわ、その勝負、ろうじゃない…」
見上げた先、挑発的にシオンを見つめるアルフェンに。
恥ずかしさよりも好奇心と対抗心が勝ってしまい、チョコテックを一本取り出した。
「いつでもいいぞ」
するとアルフェンは口を使ってシオンの指先からチョコテックを奪い、どうぞと言わんばかりに揺らして見せる。
どこまでも余裕がありそうなその様子に、シオンも反対側を咥えて。
そんなに長くないもので、想像していたよりも至近距離で見つめ合うかたちになりシオンの方が動揺してしまう。
「っ…」
しかし、言い出したのはシオンなのだ。
ええいままよ、と目を閉じ食べ進めれば、すぐにアルフェンの唇へとたどり着く。
「??」
「俺の負けだな。どこでもいいぞ」
何の手応えもないことに首を傾げるも、アルフェンは唇についたチョコレートを舌先で拭い、負けを宣言する。
更には寝衣の首元を開き、シオンを促すのだ。
「アルフェン…あなた、勝負する気はあるのかしら…?」
「もちろん。まずは様子見のつもりだったんだよ。だから、ほら」
どうにも釈然としないが、ここで押し問答をしたところで始まらない。
ひとまずアルフェンの様子見という言葉を信じることにして、無防備に晒される首元へと顔を寄せた。
そうして恥ずかしさを堪え、ベッドの中でよく彼がするように吸いついてみるも。
アルフェンがシオンの身体を彩る時のような紅は浮かばない。
「…全然、ダメだわ…」
「まぁ、こそばゆいくらいだったな…もっと、きつく吸ってみてくれ」
「んっ…」
言われるまま、先ほどよりも強く吸いつくも。
彼の肌の色のせいもあるのだろうが、たいして色付いた気がしない。
「次も勝てばいいだろ?」
「…そうね…」
なんだか面白くなくて唇を尖らせれば、アルフェンに笑われて。
次、と言いながらチョコテックを差し出してくるから、咥えれば。
アルフェンも反対側を口に含み、シオンが食べ進めようとする前にその顔が眼前に迫る。
「っ…」
先ほどは目を瞑っていたから気にならなかったが、これは心臓に悪いのではないか。
シオンはアルフェンが全てを食べきる前に、思わずチョコテックを折ってしまった。
「…シオンの負け、だな」
「今のはズルいわ」
「開始の合図なんて決めてないだろ」
説明書に書いてあった以上のルールなど知らぬが、これは。
もしかしてとんでもない遊びを提案してしまったのではないだろうか。
「シオン、どこがいい?」
「え」
「指定がないなら、好きにつけるけど…」
「…服で隠れるところにして」
そうだ、負けたのだからキスマークを付けられるのだった。
しかしどこがいいか聞いてくれるだけマシなのかもしれない。
以前に服では隠れぬところにつけられ、気付かぬままにキサラと会って指摘されるという、大変に恥ずかしい思いをしたことがあるのだから。
「隠れるところ、な」
そんなシオンの心情をわかっているのかいないのか、アルフェンは一瞬だけ悩むそぶりを見せたかと思えば。
シオンが寝衣にしているキャミソールを軽く捲り、腹部に吸い付いてくる。
「ぁっ…」
隠れるところにして欲しいとは言ったが、そんな、最初から敏感なところにするのはやめて欲しい。
「よし…それじゃあ、次、な」
これがまだ、続くのか。
チョコテックはたくさん残っていて、終わりも特に決めていない。
いや、きっとシオンがもう終わりだと告げれば終わってはくれる。
そのあとにどうなるかは、推して知るべしではあるが。
「お手柔らかにお願いするわ…」
「…善処はする」
思い描いていたものとは違う結果になってしまったが、これはこれで仕方がない。
シオンはもう諦めることにして、せめて一矢報いることが出来たらいいと考えながら。
三本目のチョコテックを咥えたのだった。